[GHR]ハイストリーマーを読み終えて思ったこと

ハイストリーマーを読み終えて思ったことというのは、他でもない「ニュータイプと仏教に関連性があるのではないか」ということです。
「真に心の調和を整えた者は仏になれる」=「即身成仏」というのが仏法の奥義です。これとニュータイプ論というのが非常に密接な関係にあるのではないか?と考えた訳です(笑)
アニメ的に描くために超能力チックになってはいるものの、仏になれば、人は人を「理解できる」とするのは、仏教の根本であり、仏法とは宗教ではなく、哲学であり、自らを高めるための修行である…ということです。
奥義とはちょっとずれた所にあるんですが、なんというか、戦争という異常事態の中で、人は抑圧されたからこそ「失ってしまった人らしさ」を取り戻して行かなければならないのだと考える思想が見え隠れする気がしてならない訳です。
一年戦争でララァがインド系の人種であるのもその辺りではないか?と邪推かもしれないですが…
仏とは、自分(ミクロコスモス)の中にマクロコスモスを顕現していくこと…いわゆる宇宙の摂理を自分で体現することを意味している訳ですから、それが出来る人同士であれば、共感し合い、未知なる世界で会話することが可能なのかもしれない…とSFちっくに解釈してみたり(笑)
とはいっても、真のニュータイプでは誰もありえないから、セイラさんの「人がそんなに便利になれる訳…ない」という台詞に辿り着く訳で。
だからこそ、無心であり純粋である子供たちは皆ニュータイプなのではないか?と。
人は大人になるに従って純粋さに泥が被り、濁り、清濁を併せ飲むことで他人との距離を保つ様になっていく。その上で泥を剥ぎ、純粋さを表すことのできるところへと辿り着こうとする。
それを経ずに、純粋さのみで人と理解し合える様になるのがニュータイプなのではないか?形而上世界に形而下世界にいるまま、通じ合い、理解し合える…そんな特異な存在…人の知覚が本来備えていながらも、耳を塞ぎ、泥を被り、絶対領域の壁を作って来たからこそ、人は人足り得たのであり、ある意味、ニュータイプは先祖返りなのかもしれないですね。
とはいっても、真のニュータイプでは誰もありえないから、セイラさんの「人がそんなに便利になれる訳…ない」という台詞に辿り着く訳で。
だからこそ、無心であり純粋である子供たちは皆ニュータイプなのではないか?と。
人は大人になるに従って純粋さに泥が被り、濁り、清濁を併せ飲むことで他人との距離を保つ様になっていく。その上で泥を剥ぎ、純粋さを表すことのできるところへと辿り着こうとする。
それを経ずに、純粋さのみで人と理解し合える様になるのがニュータイプなのではないか?形而上世界に形而下世界にいるまま、通じ合い、理解し合える…そんな特異な存在…人の知覚が本来備えていながらも、耳を塞ぎ、泥を被り、絶対領域の壁を作って来たからこそ、人は人足り得たのであり、ある意味、ニュータイプは先祖返りなのかもしれないですね。

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テーマ : 機動戦士ガンダムシリーズ - ジャンル : アニメ・コミック
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