[GHR]ゲームの設定とその信憑性

機動戦士ガンダムという作品にどこから入ってくるか?という点については、一考の余地があると思われるゲーム作品ですが、私的にこの「作品自体の評価はともかく、ゲームで使用される設定に信憑性が薄い」と感じています。
作品の出来がよいからといって設定の出来がよいか?というとそうでもなく、作品を盛り上げるための無理な設定などが数多く見受けられ、「考察としては後付けの後付けの改竄の後付け」というようなものが著しく多い上に「初出設定を無視している」ように見受けられるからです。
サ社が「設定を取りまとめていない」かつ「映像作品と富野監督著作小説のみが公式」と言っている以上、準公式の公式度というのは、フレキシブルな訳です。
しかも、「公式とされる映像作品についても食い違いや公式度が存在する」となれば、正直なところ「ゲームのための設定資料」は私的にではありますが、「価値がない」としかいえません。
ただし、「シリーズものではない複数のゲームに跨がっていた」り、「他の作品に登場した」りしているならば、話は若干変わってきます。<設定が
ただし、これはスタンスによるものですので、別段構わないといえば構わないのですが、証左としての説明にはできても根幹資料としての価値はない…としか思えない訳です。
考察とは「全肯定を行うためのものではなく、資料から事実を導き出すための作業」であり、そのための資料でなければならず、「後付け」は「根幹資料を覆してはならない」訳です。
スタイルとして、映像作品を根幹資料としないのであれば、ゲーム設定を盛り込んだ考察というのは多いに結構だとおもいますが、サ社公式定義に則り、考察をする以上、ゲームというのは「準公式に付随する準々公式」と見ざるをえません。
そこから導き出される私の答えは「無視ししたとしても問題がない」です。
これは前提条件として、文字資料としての準公式が優先するというものであり、準々公式としては「年代順に古い物が資料的価値が高い」と考えるからです。
歴史学的には「古い年代に書かれているものほど信憑性が高く、新しい年代のものでも古い年代に書かれているものを原典としているものは信憑性が高い」とされていますので、ガンダムの世界でも同じに考えた方が無難であると私は考えます。
間違っている物は間違っていると言い続けることも、また、それによって非難されることも、考察する者の性ということなのかもしれませんが。
ちなみに「他人を批判した者が非難されることはこれに含まれません」ので悪しからず。
ただし、これはスタンスによるものですので、別段構わないといえば構わないのですが、証左としての説明にはできても根幹資料としての価値はない…としか思えない訳です。
考察とは「全肯定を行うためのものではなく、資料から事実を導き出すための作業」であり、そのための資料でなければならず、「後付け」は「根幹資料を覆してはならない」訳です。
スタイルとして、映像作品を根幹資料としないのであれば、ゲーム設定を盛り込んだ考察というのは多いに結構だとおもいますが、サ社公式定義に則り、考察をする以上、ゲームというのは「準公式に付随する準々公式」と見ざるをえません。
そこから導き出される私の答えは「無視ししたとしても問題がない」です。
これは前提条件として、文字資料としての準公式が優先するというものであり、準々公式としては「年代順に古い物が資料的価値が高い」と考えるからです。
歴史学的には「古い年代に書かれているものほど信憑性が高く、新しい年代のものでも古い年代に書かれているものを原典としているものは信憑性が高い」とされていますので、ガンダムの世界でも同じに考えた方が無難であると私は考えます。
間違っている物は間違っていると言い続けることも、また、それによって非難されることも、考察する者の性ということなのかもしれませんが。
ちなみに「他人を批判した者が非難されることはこれに含まれません」ので悪しからず。

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テーマ : 機動戦士ガンダムシリーズ - ジャンル : アニメ・コミック
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