[GHR]リアリティの追求とリアルの追求

これがGHRの話なのかどうかはともかく…。
最近のガンダムの種類増殖ぶりにはリアリティが足りないと言われます。
このリアリティという言葉は「リアルっぽさ」であり、「リアル」を求めていないことがわかる訳で、「ガンダムが複数の種類存在する理由が表現されていること=リアリティ」です。それが、故実けであっても、説明する努力というものが作品でなされていない限り、それはリアルっぽさの追求を放棄しているということになります。
リアリティを追求しすぎると、ガチガチの兵器マニア世界に足を踏み入れてしまいますが、このリアリティの追求が、世界観をよりユーザー側に近づけることになる訳です。
以下は独善と偏見に満ちあふれていますので、SEED好き、00好きな方は観ない方がよいかと。
振りかえって、ガンダムとはリアルか?といわれると、別に全然リアルじゃないんですね(笑)
リアリティはありますが。
リアルということであれば、まず18mなんていう設定は無理です(笑)
せいぜい3〜4mという所でしょう。
レイバーやATがリアルであると言われるのがこのあたりに因がある訳です。
ガンダムというのは非常にヒーローロボット(いわゆるスーパーロボット)系とリアルロボット系の橋渡し的な作品であり、このあたりの曖昧さが残っています。だからこそ、夢をかき立てられるし、リアリティも追求できるということなのだと私は思っています。
(1)18mのリアリティ
これは当時のモビルスーツ開発の際に基本となったのが航宙機であったことが挙げられるでしょう。航空機がだいたいこの位のサイズで、基本的に航空機や航宙機の代替えとして使われることが想定されていたと考えられます。
(2)ロボットであることのリアリティ
いわずもがなですが、ミノフスキー粒子の散布による電波攪乱です。これにより有視界戦闘を強いることが出来る様になったジオン公国は、連邦の戦艦、巡洋艦を接近戦で撃墜するために機動性に富んだ航宙機を必要としました。今までの航宙機よりも活動時間が長く、コマ割りの利く航宙機です。
そこで考え出されたのがAMBACシステムです。航宙機に手足をつけることで作用反作用によって姿勢制御を行い、推進剤の消費を抑え、活動時間を大幅に引き延ばすことが可能になた訳です。
(3)兵器としてのリアリティ
ガンダムは試作型として完成し、本来であれば量産型であるジムよりも強くない筈です。
しかし、ここに落とし穴があります。「数を揃えるために急ピッチで生産したため、部品精度が低く、スペック通りの機体が組み上がらなかった」というものです。
このため、廉価版という評価がなされてしまったが、戦後、生産されたジム改などは、ガンダムと同レベルの機体として考えられていて、コストパフォーマンスを考えた量産型として兵器らしさを与えられています。
本来兵器というのは汎用性を売りにしないものなのですが、地球連邦軍という大所帯で、戦力の削減と高性能が求められた結果、汎用性を基本に拡張性に富んだ仕様という理屈をつけることで、ブロック構造を換装するという進化をジムに課し、リアリティを出しています。
◆SEED系という作品
興行収入的には成功した作品と言うファンの自己弁護的な主張がなされている訳ですが、実際本当に興行収入的に成功しているのでしょうか?
単純に金額だけではみれない成功度は、物価指数などから割り出さなければならないのではないか?と感じます。プラモ業界にガンプラと言われるジャンルを生み出した機動戦士ガンダムという作品は当時300〜500円程度で購入することが可能だった訳です。それに対し、現在のプラモデルはパーツが多くなったとはいえ、単価的に5倍〜10倍程度の差があります。
つまり、ガンダムが1億円売り上げたとして、SEEDは5〜10億円で釣り合いが取れるという比較論になる訳です。
また、購買層の高年齢化による購入比率の上昇や関連アイテムの数も考慮にいれていかなければなりません。
つまり、興行収入的な比較論というのは「無意味」なんですね<ファンにとって
ファンが語り合うべきなのは「どこが面白かったか」「どこが詰まらなかったか」であり、「好きか」「嫌いか」などという不毛な話し合いはどーでもいいことな訳です。
◆SEEDの良かった点
さすがに平成のファーストと自称しただけのことはあり、第一クールと第四クールはお話としてもまとまっています。プロット自体はファーストを踏襲しているため、単なるオマージュ作品となってしまっており、新しさはありません。
映像が綺麗になったという点を褒める人がいますが、時代的に技術が進歩すれば綺麗になるのは当然のことであり、何をかいわんやです。
モビルスーツのデザインについては、線が多過ぎて私には「つけ過ぎだなぁ」と過剰なものに見えますが、単純にデザイン的に考えれば総じて恰好いいとは思います。ただし、扱いがあまりしっかりしていなかったためにそれが活きていないので、良かった点として数えるには不充分です。
ですが、ガンダムという作品を作り続けているという点と、新しい年齢層にガンダムを宣伝するという意味で作品が放映されたことそものもが良かった点と言えるでしょう。
◆SEEDの悪かった点
挙げるときりがないので、最早語りません。
SEED最大の不幸は、監督が脚本家をきちんとコントロールできず、脚本家の好き嫌いでキャラクターの生死がきまってしまったことでしょうか。
あの二人の組み合わせは、ガンダムには向かないでしょうね。
二度と関わらせないでいただきたいものです。
◆00の良かった点
しっかりした世界観、キャラクター設定、媚びすぎないキャラクターデザインどれをとっても良かったと思います。ただし、これらは素材の部分です。料理の面で褒められる部分を感じないのが困った点です。
◆00の悪かった点
過剰なガンダムタイプの量。
エクシアの兵装変更で4機のエクシアで良かったのでは?と思わせるほど、扱いがぞんざいな機体たち。単なるキャラクターの符号にしかなっていないのは如何でしょう?
それと作中の描写(カメラ視点)が様々な陣営に振り過ぎで、ストーリーが全然収束していないのに第二クールの終盤になって急に収拾を図ったものだから、消化不良を起こしています。
折角の素材が台無しです。
シナリオ自体もプロットも悪くないのに、これも脚本が悪かったとしか言いようがありません。演出的には上手かったと思いますが、もう少々、旧世代のMSをしっかり扱って欲しかったと思いますね。
◆初代の良かった点
これはもはや時代が違うので、当時としては斬新なものだったとしか言いようがありません。全身がトリコロールメインではない兵器らしい雰囲気を持つ主役メカ、敵メカは量産型で、兵器らしさを持っている…なんてのは、なかなかなかった訳です。しかもロボット軍団のようなものではなく、敵も同じ人類であり、独立戦争というものを仕掛けてきているという。
今ではほぼやり尽くされてしまっている時代の中で、これと同じ評価を求めるのは無理というものではないでしょうか?
◆初代の悪かった点
惜しむらくは、クローバーの撤退による打ち切り。これによって物語が未完となってしまったことを挙げる人もいるが、多分、打ち切りで正解。それによって後に続くMSVというガンダムワールドの広がりを持つことができた訳ですから。
しかし、これが後の「設定論争」へと繋がっていくという面において、なぜサ社が設定を管理しなかったのか?が理解できないのです。
リアリティはありますが。
リアルということであれば、まず18mなんていう設定は無理です(笑)
せいぜい3〜4mという所でしょう。
レイバーやATがリアルであると言われるのがこのあたりに因がある訳です。
ガンダムというのは非常にヒーローロボット(いわゆるスーパーロボット)系とリアルロボット系の橋渡し的な作品であり、このあたりの曖昧さが残っています。だからこそ、夢をかき立てられるし、リアリティも追求できるということなのだと私は思っています。
(1)18mのリアリティ
これは当時のモビルスーツ開発の際に基本となったのが航宙機であったことが挙げられるでしょう。航空機がだいたいこの位のサイズで、基本的に航空機や航宙機の代替えとして使われることが想定されていたと考えられます。
(2)ロボットであることのリアリティ
いわずもがなですが、ミノフスキー粒子の散布による電波攪乱です。これにより有視界戦闘を強いることが出来る様になったジオン公国は、連邦の戦艦、巡洋艦を接近戦で撃墜するために機動性に富んだ航宙機を必要としました。今までの航宙機よりも活動時間が長く、コマ割りの利く航宙機です。
そこで考え出されたのがAMBACシステムです。航宙機に手足をつけることで作用反作用によって姿勢制御を行い、推進剤の消費を抑え、活動時間を大幅に引き延ばすことが可能になた訳です。
(3)兵器としてのリアリティ
ガンダムは試作型として完成し、本来であれば量産型であるジムよりも強くない筈です。
しかし、ここに落とし穴があります。「数を揃えるために急ピッチで生産したため、部品精度が低く、スペック通りの機体が組み上がらなかった」というものです。
このため、廉価版という評価がなされてしまったが、戦後、生産されたジム改などは、ガンダムと同レベルの機体として考えられていて、コストパフォーマンスを考えた量産型として兵器らしさを与えられています。
本来兵器というのは汎用性を売りにしないものなのですが、地球連邦軍という大所帯で、戦力の削減と高性能が求められた結果、汎用性を基本に拡張性に富んだ仕様という理屈をつけることで、ブロック構造を換装するという進化をジムに課し、リアリティを出しています。
◆SEED系という作品
興行収入的には成功した作品と言うファンの自己弁護的な主張がなされている訳ですが、実際本当に興行収入的に成功しているのでしょうか?
単純に金額だけではみれない成功度は、物価指数などから割り出さなければならないのではないか?と感じます。プラモ業界にガンプラと言われるジャンルを生み出した機動戦士ガンダムという作品は当時300〜500円程度で購入することが可能だった訳です。それに対し、現在のプラモデルはパーツが多くなったとはいえ、単価的に5倍〜10倍程度の差があります。
つまり、ガンダムが1億円売り上げたとして、SEEDは5〜10億円で釣り合いが取れるという比較論になる訳です。
また、購買層の高年齢化による購入比率の上昇や関連アイテムの数も考慮にいれていかなければなりません。
つまり、興行収入的な比較論というのは「無意味」なんですね<ファンにとって
ファンが語り合うべきなのは「どこが面白かったか」「どこが詰まらなかったか」であり、「好きか」「嫌いか」などという不毛な話し合いはどーでもいいことな訳です。
◆SEEDの良かった点
さすがに平成のファーストと自称しただけのことはあり、第一クールと第四クールはお話としてもまとまっています。プロット自体はファーストを踏襲しているため、単なるオマージュ作品となってしまっており、新しさはありません。
映像が綺麗になったという点を褒める人がいますが、時代的に技術が進歩すれば綺麗になるのは当然のことであり、何をかいわんやです。
モビルスーツのデザインについては、線が多過ぎて私には「つけ過ぎだなぁ」と過剰なものに見えますが、単純にデザイン的に考えれば総じて恰好いいとは思います。ただし、扱いがあまりしっかりしていなかったためにそれが活きていないので、良かった点として数えるには不充分です。
ですが、ガンダムという作品を作り続けているという点と、新しい年齢層にガンダムを宣伝するという意味で作品が放映されたことそものもが良かった点と言えるでしょう。
◆SEEDの悪かった点
挙げるときりがないので、最早語りません。
SEED最大の不幸は、監督が脚本家をきちんとコントロールできず、脚本家の好き嫌いでキャラクターの生死がきまってしまったことでしょうか。
あの二人の組み合わせは、ガンダムには向かないでしょうね。
二度と関わらせないでいただきたいものです。
◆00の良かった点
しっかりした世界観、キャラクター設定、媚びすぎないキャラクターデザインどれをとっても良かったと思います。ただし、これらは素材の部分です。料理の面で褒められる部分を感じないのが困った点です。
◆00の悪かった点
過剰なガンダムタイプの量。
エクシアの兵装変更で4機のエクシアで良かったのでは?と思わせるほど、扱いがぞんざいな機体たち。単なるキャラクターの符号にしかなっていないのは如何でしょう?
それと作中の描写(カメラ視点)が様々な陣営に振り過ぎで、ストーリーが全然収束していないのに第二クールの終盤になって急に収拾を図ったものだから、消化不良を起こしています。
折角の素材が台無しです。
シナリオ自体もプロットも悪くないのに、これも脚本が悪かったとしか言いようがありません。演出的には上手かったと思いますが、もう少々、旧世代のMSをしっかり扱って欲しかったと思いますね。
◆初代の良かった点
これはもはや時代が違うので、当時としては斬新なものだったとしか言いようがありません。全身がトリコロールメインではない兵器らしい雰囲気を持つ主役メカ、敵メカは量産型で、兵器らしさを持っている…なんてのは、なかなかなかった訳です。しかもロボット軍団のようなものではなく、敵も同じ人類であり、独立戦争というものを仕掛けてきているという。
今ではほぼやり尽くされてしまっている時代の中で、これと同じ評価を求めるのは無理というものではないでしょうか?
◆初代の悪かった点
惜しむらくは、クローバーの撤退による打ち切り。これによって物語が未完となってしまったことを挙げる人もいるが、多分、打ち切りで正解。それによって後に続くMSVというガンダムワールドの広がりを持つことができた訳ですから。
しかし、これが後の「設定論争」へと繋がっていくという面において、なぜサ社が設定を管理しなかったのか?が理解できないのです。

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テーマ : 機動戦士ガンダムシリーズ - ジャンル : アニメ・コミック
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